会社員
ゴマ夫
こんにちは!ゴマ夫(@gomaoshigotoya)です!
今回は「ゴマ夫が独立でなく復職を決めた理由」についてお話します。
理由は2つです。
この記事を読めば会社員としての生き方が辛くて休職している人が今後どうしていくかを考える参考になります。 この記事を書いているゴマ夫は2018年1月からうつ病で休職中、傷病手当を貰いながら生活しており、休職中に転職や独立を模索するも結局2019年2月から復職することを決めました。 目次 会社員共通の悩みである選ぶことのできない人間関係の悪化により心身に影響が出ました。 ゴマ夫は当時33歳で仕事への責任も増してきており必然的に他部署や顧客との関わりも多く、苦手な人間と対峙する場面に苦戦していました。 無意味に汚い言葉で罵るような人もいたので、胸がキュッと縮こまるような感覚になって生きた心地がしませんでした。 帯状疱疹という病気になりながらも這いつくばって出社するような毎日でした。 ある時、他部署の人間から電話口で理不尽で高圧的なクレームを食らい、プツっとゴマ夫の中の何かが切れてしまいました。 もう本当に会社へ行くことができないと思いました。 心療内科の受診は正に転機でした。受診を勧めてくれた妻には命を救われました。ぜひ同じ苦しみを感じている方には一度受診してもらいたいと思います。 2017年12月にゴマ夫は妻に「もう会社へ行きたくない」と相談しました。 妻は全てを受け入れてくれて、反対することもなく、まずは病院に行くことを勧めてくれました。 この時に妻は色々と調べてくれており、とりあえず休職するにしろ医師の診断書が必要な事、傷病手当金が支給されれば生活費への影響は少ないことを教えてくれました。 早速、最寄の心療内科を受診しました。 気が重いながらも初めて医師に相談したら即答で 「すぐに休んでください。一カ月休職する診断書を出します。」 と言ってくれました。 この時のゴマ夫の安堵の気持ちは今でも忘れることはありません。 「助かった・・」心の中でそう呟いていました。 関連記事です。 病気やケガで休職を余儀なくされた場合は加入している健康保険組合から傷病手当金が支給されます。およそ給与の3分の2が支給されるので、急に生活費に困窮することを避けることができます。 医師は傷病手当金についてもしっかりと説明をしてくれます。 最長で1年6カ月の期間は支給されるので、この期間の間に今後の身の振り方を決めましょうということになりました。 焦ることはありません。ゆっくりと考える時間が持てるのです。 その後は月に2回のペースで通院しながら診断書と傷病手当金申請書を書いてもらいました。 医師とは常に相談しながら戦略的に復帰を模索しました。 スタンスとしては3つの行動が考えられました。 休職可能な1年6カ月の間に今後の生き方を考えることになったのです。 参考記事です。 2018年1月~3月は正に無気力状態の期間でした。 ようやく会社へ行かなくて良くなったという安堵からただただ布団で寝ていました。 なにもやる気が起きませんでしたね。 この状態は妻にとっては辛いものでした。 0歳の息子・ゴマ太郎もいたので、子どもが2人もいるような状態で寛容な妻の堪忍袋の緒が切れました。 もっとシャッキリとした生活をしろと言われました。 深く反省して、子どもの世話と家事を積極的にやるようにしました。 今考えると子どもと接する時間が多く持てたのはとても喜ばしいことでした。 日々の成長を常に見られるというこれ以上ない刺激はゴマ夫に活力を取り戻させるものでした。 2018年3月~ 何かをしなければと思い立ち、転職活動を始めました。 振り返れば、何かする=転職活動という安直な決めつけが自分の中にありました。 やれることはこれだけではないし、他の可能性も同時並行で進めるべきなのに、今の職場から逃げるためには転職するしかないという固定観念に苦しめられた時期です。 転職エージェントに登録して、とりあえず1社を受けてみました。 結果は見事に落ちました。 手応えは全くありませんでした。敗因としては以下の事が上げられます。 そもそも論なんですよね。 ただこのような気持ちが深く理解できただけでも転職活動をして良かったとは思います。 とりあえず転職情報は眺めつつも根本的な気持ちの解決をして行きたいと考えるようになりました。 2018年5月~ まずは引きこもりの生活から脱却すべきと考えました。 医師には「まずは遊びましょう!」と言われていました。 そして「遊んでいる間に仕事の事は忘れてください」とも言われましたが、これがなかなか難しい。 他の事をしていてもついつい他の事を考えてしまいました。 そんなときはリフレッシュしましょう。 今まで好きだったことでも、興味があることにチャレンジでも良いです。 ゴマ夫は特にヨガが効果的でしたが色々やってみました。 心身共にリフレッシュして少し物事を前向きに考えられるようになってきたのは2018年6月~ です。 会社員としての働き方ではなく、自分だけでお金を稼いで生活できないかと考えるようになってきました。 調査する内にインターネットの普及によって低リスクでお金を稼ぐ方法があることがわかってきました。 具体的には下記のようなことにチャレンジしています。 基本的には家に居ながらできる作業であり、休職中でも可能な作業でした。 うまく行けばこれで生活費が稼げるかもしれないと意気揚々でしたし、今も継続して努力をしていますが 1円を稼ぐ重みを常に実感しています。 会社員として得られる安定した給与収入の魅力も再確認することとなりました。 ゴマ夫が休職に至った経緯
社内の人間関係の悪化による心身への影響
心療内科受診により休職を決断
仕事が辛い・辞めたい時は心療内科を受診しよう!
傷病手当を受給しつつ休職生活に突入
傷病手当金のもらい方【実体験を元に解説】
ゴマ夫の休職中の行動
無気力期間
休職を家族・知人に報告した時の反応7つ
転職活動
リフレッシュ活動
【自分の「好き」を見つめなおす】休職が決まったらまずは遊ぶことを考えよう
独立活動
ゴマ夫が復職を決めた理由
ゴマ夫が復職を決めた理由は2つです。
この理由を深堀していきます。 安定した十分な収入が無いと不安に押しつぶされそうになります。 ゴマ夫の2018年の1年間の休職中の家計の内訳は 家計としては1年間でマイナス100万円でした。 この100万円は貯金を切り崩したことになります。 傷病手当金のおかげでたった100万円の自腹で済んだという考え方もできますが、貯金は増えていく体験しかしたことのないゴマ夫にとっては この減っていくという恐怖は耐え難いことでした。 常にお金の計算をしていました。 安定して毎月給与が入ってくる会社員の魅力を再認識することになりました。 これは会社員として生きることの最大のメリットです。 転職活動をしたことで改めて認識したことですが、現職の研究職の内容は肌に合っていると感じています。 休職中に上司と月に1回のペースで面談していました。 他部署への異動も勧められましたが、仕事内容を考えると一番興味が持てる・やりがいのある仕事は現在の仕事であるという考えは変わりませんでした。 人間関係の問題は部署を異動しても結局逃れられないことは明白でしたので、現状のまま解決していくしかないかと考えました。 休職中の上司との面談から「自分は会社に必要とされている」と強く感じています。 なるべく早く復帰しろとせかされましたので、面談は毎回憂鬱だったのですが、それでも必要とされてる感は伝わりました。 この状況をうまく利用したいのです。 復帰をスムーズにするべくいくつか注文を出しています。 傷病手当金が受給できるのは合計で1年6カ月あります。 2月に復帰すればまだ受給期間が5カ月間は残っていますので、復帰した後にやはりダメでももう一度休職を再開することが可能であるという安心感があります。 「とりあえずやってみて、ダメならやめればいい」 ゴマ夫は今後の人生もこのスタイルを続けていきたいと思います。 現在行っている独立活動を会社員になっても継続して行います。 基本は家にいながらできる作業を選択しているので理論的には活動できます。 後はしっかりと作業時間やモチベーションを確保していくことが重要です。 具体的には下記のスケジュールを意識しています。 ポイントは睡眠時間を確保しつつの朝活です。 試行錯誤の結果はやはり朝活が効率が良いです。 子どもの世話や一緒に過ごす時間も確保することを考えるとこのスケジュールしかむしろ立てられませんでした。 現在はうまくできていますが、復職後もうまく行くかはわかりません。 やりながら修正していきます。 安定した十分な収入
休職中の給与・ボーナスどうなるの?【実体験を元に解説】
現職の仕事内容への興味がある
復職した際の現職場での対応を確認したい
やっぱりダメならもう一度休職すればよい
休職中の独立活動を復職後も継続して行う
まとめ:給与収入+副収入でリスク最小限の独立への道を歩む
今後1年間の目標は2つです。
今後5年間の目標は1つです。
この短期と中期の目標を達成するために復職をします。
ますます独立活動にも力を入れていきます!
いかがでしたでしょうか?
一度休職してしまうと今後人生について迷いが生じ、決断が難しくなってきます。
ぜひゴマ夫のケースを参考にしてみてください。
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移動中や作業中にも「仕事が辛い・辞めたいの解決法」をどうぞ!
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